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カテゴリー |
名称/ID |
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価格(税込み) |
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52412028
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楽譜
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無伴奏男声三部合唱曲 「心よ」
[カワイ出版]
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(在庫1冊)
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心よ (2’30"") ---------- 2023年、カワイ出版創立50周年企画「笑顔で歌おうプロジェクト」のために書き下ろされた作品。 合唱祭のステージや演奏会のアンコールなどに最適。 グレード:中級 編成:男声三部
松本望
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51210010
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楽譜
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「Samann (ゼーマン)―種を蒔く人―」男声合唱とピアノのために
[カワイ出版]
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(在庫1冊)
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1 Samann(8'00"") ---------- お江戸コラリアーず委嘱作品。2011年8月初演。 テキストは詩編126「涙をもって種蒔くものは、喜びの声とともに収穫するだろう」のドイツ語訳。「種を蒔く」をキーワードに、ミレーの絵「種を蒔く人」のイメージを連想し、さらにキリスト教との関連で詩編126に辿りついた。曲中では「Trane(涙)」と「Freude(喜び)」が重要なモチーフとなって現れる。種の芽吹きは死からの再生を意味し、その延長上に「Freude」が位置づけられる。が、「Freude」の語句は途中、ピアノの音塊によって暴力的に切断されてしまう。それでも種を蒔き続けることを宣言する歌は、人間の悲痛な叫びであると同時に、生きようとする意志をも感じられる。東日本大震災後の作者の心の葛藤を正面から音にした意欲作である。 グレード:上級 演奏時間=約8分
信長貴富
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51506004
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楽譜
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寺山修司の詩による6つの歌「思い出すために」(男声四部版)
[カワイ出版]
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(在庫1冊)
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1 かなしみ (2'20"") 2 てがみ (2'00"") 3 世界でいちばん遠い土地へ (3'10"") 4 ぼくが死んでも (2'30"") 5 思い出すために (2'50"") 6 種子(3'30"") ---------- 2002年に女声版として作曲された本作品は「新しい歌」などと共に、作曲者の現在の地位を確固たるものとした人気作である。男声版はその女声版をもとに2003年に男声二部合唱で作られているが、今回、新たに男声合唱のダイナミックスを充分に取り入れた男声四部のバージョンが生まれた。初演は東京六大学合唱連盟の合同演奏。 従来の男声版は《男声二部版》として引き続き販売される。合唱団の特性に合わせて《二部》と《四部》から選んで歌って欲しい。 グレード:中級 演奏時間=約16分20秒
<まえがき> この曲集は2002年に女声二部合唱として初演されて以来、男声二部、混声四部、さらに独唱版という様々な形態を有するに至ったが、このたび新たに男声四部版が加わることになった。東京六大学合唱連盟定期演奏会の合同ステージのために作成したものである。 オリジナルバージョンである二声+ピアノという形態には、いい旋律を明快に提示するというねらいがあった。四声体へのアレンジを経ても、旋律の存在感を重視する指向に差異はないが、二声では得られないハーモニーの陰影や立体的な造形が実現できる点に、四部版の意義を見出せるだろう。一つの曲集に男声二部版と四部版が併存するのは異例なことだが、それぞれの合唱団の特色にあわせて演奏形態を選択していただければ幸いである。(信長貴富)
信長貴富
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51510005
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楽譜
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男声合唱とパーカッションのための「饗宴の歌」
[カワイ出版]
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(在庫1冊)
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1 魔法のことば (4'50"") 2 ペヨーテの神に捧げる歌 (4'20"") 3 嵐の歌 (2'30"") 4 フクロウの歌 (3'00"") 5 響宴の歌 (6'40"") ---------- 2006年に東西四大学合唱連盟の委嘱により初演された。 パーカッションは一人で演奏するが、終曲の「響宴の歌」では合唱団員も幾つかの楽器を担当し、華々しい雰囲気を作り上げる。 グレード:中〜上級
<まえがき> この曲集は東西四大学合唱演奏会(通称・東西四連)の合同ステージのために作曲し、2006年に初演されたものです。同世代の優れた指揮者・伊東恵司さんとの初仕事ということで大いに気合いが入り、できあがってみるとかなり大がかりな作品に仕上がっていました。 作曲にあたっては、大人数の男声合唱を最大限に活かすことを考えました。巨大なエネルギーを一つに束ね、あるいは炸裂させ拡散させるための仕掛けとして、パーカッションを加えることにしました。 この音楽的欲求を受け止めてくれるような詩を求めた結果、金関寿夫氏(1918〜1996)の訳による『魔法としての言葉〜アメリカ・インディアンの口承詩』(思潮社)が思い当たりました。 アメリカ・インディアン──近年では偏見を助長しないためにネイティヴ・アメリカンという呼称が広まっていますが、ここでは金関氏の著書名を重んじて“インディアン”を使用します──は一部の部族を除いて文字を持っておらず、口承文化を受け継いできました。言葉には魔力があると信じられており、多くの詩があらゆる生活の場面で何かに資するために(例えば雨乞いや悪魔払いなどとして)歌われたものだといいます。人々の知恵や祈りが沢山つまった詩の魅力は、原語→英語→日本語という翻訳過程で起こる摩滅を経てもなお、生き生きと感じ取ることができます。 I. 魔法のことば 呪文のように聞こえる意味不明な歌詞はポピ族の「せむしの笛吹の歌」。ポピ族のあいだで、セミは目に見えない生命力を持つ霊とされ、「せむしの笛吹き」と呼ばれていた。今では詩の“意味”は忘れ去られ、“音”のみが残ったのだという。曲中ではこのほかに異なる4つの部族の詩を混在させ、言葉の交錯によって生じる熱の高まりを目論んだ。 II. ペヨーテの神に捧げる歌 “ペヨーテ”はサボテンから精製した麻薬の一種。儀式の際にこれを噛んで幻覚を得たという。「青い雄牛」は神々と人間との間の仲介者。「ウイリコータ」は「青い雄牛」の出生地とされる場所。幻覚によってもたらされた摩訶不思議な光景が、鐘の響きとともに歌われる。 III. 嵐の歌 雨乞いのために歌われた儀式歌。雷光が雄大な山の稜線を映し、とどろく雷鳴は大自然への畏敬を人の心に映す。 IV. フクロウの歌 いかにも思慮深そうなフクロウの独白。しかし獲物を狙うフクロウの目線は、敏捷な一面も覗かせている。「ホー」という鳴き声が夜明けを告げると、輝く朝がやってくる。 V. 饗宴の歌 夜と朝が回り舞台のように慌ただしく転換し、生命が覚醒する。躍り上がり走り回りたくなる衝動は、こらえることができない。そんな音楽。(信長貴富)
信長貴富
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51508009
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楽譜
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男声合唱とピアノ、パーカッションのための「起点」
[カワイ出版]
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(在庫1冊)
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1 起点 (6'30"") 2 声立てず内部に潜んで (7'00"") 3 飛ぶものへの打電 (7'00"") ---------- 2005年「メンネルコール広友会」の委嘱。 「起点」は1945年の岡山大空襲と広島での敗戦の記憶を、「声立てず内部に潜んで」はイスラエルの詩人のホロコーストを歌った歌への返歌。「飛ぶものへの打電」はソ連による人類初の人工衛星を描いたものだが、これらの詩に、詩人は、戦後世界の人類への警鐘を込めており、作曲者は、それを受けて、男声合唱という密集した音像の中に激しい思いを込めた。 グレード:上級 演奏時間=約20分30秒
<まえがき> この作品はメンネルコール広友会の委嘱で2005年に初演されたものである(指揮=藤井宏樹、ピアノ=前田勝則、パーカッション=加藤恭子・外間弓子)。その後、2007年と2012年に創価学会しなの合唱団によって再演された(指揮=清水敬一、ピアノ=前田勝則、パーカッション=加藤恭子・外間弓子[2007]・和田光世[2012])。さらに2015年、合唱団お江戸コラリアーずによる再演(指揮=山脇卓也、ピアノ=須永真美、パーカッション=目等貴士・久米彩音)の機会を受けて譜面を全面的に見直し、改訂版を作成した。それが本書である。二人のパーカッショニストを要する大編成の楽曲であり、歌唱技術的にも困難を伴う場面が多いにもかかわらず、度重なる演奏機会に恵まれ、優れた演奏家に作品を育てていただけたことに深く感謝申し上げたい。 第一楽章では心臓の鼓動を想起させるリズムをベースに、異常な夏の様相を語る。第二楽章は夢見つづけるヒロシマの胎児たちへの子守唄。鐘の音色を中心に広がる響きの綾。第三楽章は今を生きる私たちへの呼びかけ。果てしなくヒートアップする音楽。 曲集の表題にもなった「起点」の詩は、木島始(1928〜2004)の第一詩集(1953、未来社刊)の冒頭に置かれているものであり、文字通り木島始の原点とも言える衝撃作である。敗戦当時17歳だった詩人の、現・東広島市の疎開工場での実体験がもとになっているという。「一九四五年」の「異常な夏」。やがて時を経て異常な国の姿を完成させようとしている2015年の日本。「起点」からの叫びは、現代社会のノイズにかき消されるしかないのだろうか。 ともあれ、多くの方々のお力添えをいただきながら、戦後70年の節目にこうして上梓の日を迎えることができたのは幸いである。また同時期に木島始第一詩集の復刻版がコールサック社から刊行されることになり、この不思議な符合に幾ばくかの希望を見出したいような気持ちもある。言葉によって、歌によって、未来は変わる、と。(信長貴富)
信長貴富
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52209013
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楽譜
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男声合唱とピアノのための 「ぼくの村は戦場だった」−あるジャーナリストの記録−
[カワイ出版]
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(在庫1冊)
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第1章 カメラとペン (4’30”) 第2章 111000000 (5’00”) 第3章 ぼくは兵士だった(5’30”) 第4章 ねがい (2’10”) 第5章 もし、ぼくが (4’30”) 第6章 目を凝らし、耳を澄ませば(4’20”) ---------- 本作品は2014年にテノール独唱(清水雅彦氏)のために作曲されたものがオリジナルで、2017-2018年に混声合唱版が編曲された。今回の男声版は2022年4月にお江戸コラリアーず(指揮:山脇卓也)による委嘱初演。 ジャーナリスト・山本美香氏の著作をもとにし、個の眼を通した世界を描くというのが本作のコンセプトではあるが、合唱で歌われることによって、世界中のジャーナリスト(あるいは無数の市民)の眼から見た同時多発的な「今」を描くという広がりが生まれるのではないかと作曲者は考えている。今回の男声合唱の語り口によって、曲に新たな真実味と奥行きが生まれた。 時間の制約がある場合、抜粋や短縮演奏も可能。 グレード:中級 演奏時間:約26分
信長貴富
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51109009
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楽譜
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男声合唱とピアノのための 「五つのモノローグ」
[カワイ出版]
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(在庫1冊)
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1 男の地図(2’40”) 2 女 に(2’30”) 3 男の唄(5’10”) 4 父の唄(4’20”) 5 頼 み(5’30”) ---------- 谷川俊太郎の比較的初期の詩集に所収の5つの作品をテキストとしている。それぞれの詩が歌う内容は、男の欲望であったり、孤独であったり、父親としての言葉であったり、さまざまであるが、5つの詩から1個の男の姿が浮かび上がるような構想となっている。音楽的にも古典から現代までのスタイルを選び、多様な様式を持つ曲集となった。 グレード:中〜上級 演奏時間=約20分
信長貴富
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50908012
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楽譜
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男声合唱とピアノのための 「新しい歌〔改訂版〕」
[カワイ出版]
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(在庫1冊)
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1 「新しい歌」(G.ロルカ,長谷川四郎 詩)(3’40”)
2 「うたを うたう とき」(まど・みちお 詩)(2’40”)
3 「きみ歌えよ」(谷川俊太郎 詩)(3’30”)
4 「鎮魂歌へのリクエスト」(L.ヒューズ,木島 始 詩)(3’30”)
5 「一詩人の最後の歌」(H.アンデルセン,山室 静 詩)(5’50”) ---------- 東京六大学合唱連盟定期演奏会にて初演され、好評を博した作品。
詩は「うた」をテーマとし、各曲のスタイルは様々だが、旋律主体にシンプルに作曲されており、作曲者の着眼点の鋭さにもまた驚かされます。混声版が先に出版されましたが、オリジナルはこの男声版です。 初版から8年、多くの人々に愛演されてきましたが、14刷刊行に際し作曲者がテンポや強弱を全曲に渡って見直しました。 全5曲。 グレード:中級 演奏時間=約 20分
信長貴富
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51103011
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楽譜
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男声合唱とピアノのための「Fragments -特攻隊戦死者の手記による-」
[カワイ出版]
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(在庫1冊)
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Fragments -特攻隊戦死者の手記による- ---------- 特攻隊戦死者の手記をテキストとした衝撃作。オリジナルはテノールのための歌曲。 死を覚悟した若者の心の叫びを綴った文章、軍令の引用、「君が代」の断片などが、それぞれ屹立するように、特攻隊員の個人史というミクロな視点と、国家による死の強制というマクロな視点を炙り出す。「Fragments」とは「断片、かけら」の意。その名のとおり、曲中のセクションごとのテキストに連続性はなく、それぞれが屹立するように存在し、互いの存在を際立たせている。 グレード:中〜上級 演奏時間=13〜14分
信長貴富
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51501016
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楽譜
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男声合唱とピアノのための「わが詩友」
[カワイ出版]
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(在庫1冊)
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1. 砂の砦 (三好達治作詩) (5'00"") 2. 詩人の友 (丸山 薫作詩) (3'10"") 3. 浅春偶語 (三好達治作詩) (5'10"") 4. 新しい時代に (丸山 薫作詩) (4'20"") ---------- 三好達治と二十余年の詩友丸山薫二人の詩による男声合唱作品。タイトルは「友よ」と呼びかける詩句で始まる3曲目「浅春偶語」の冒頭の文中に有る{詩友}より採られた。 グレード:中級 演奏時間=約17分40秒
<まえがき> 三好達治(1900〜1964)の「浅春偶語(せんしゅんぐうご)」に作曲してみたいという思いが以前からあり、この詩を用いることを最初に決めました。「友よ」と呼びかける詩句と委嘱団体である小田原男声合唱団の人間模様が重なり合うように感じられたからです。「浅春偶語」の冒頭にはつぎのような文が添えられています。
──『物象詩集』の著者丸山薫君はわが二十余 年来の詩友なり、この日新著を贈られてこ れを繙くに感慨はたもだす能はず、乃ち──
丸山薫(1899〜1974)と三好達治は旧制第三高等学校(現・京都大学)以来の“詩友”であり、三好が詩作を始めたのは丸山の影響があったからと言われています。三好は『詩壇十年記』の中で「私はこのやうな級友をもつて、はじめて私の身辺に詩人の存在、詩というものの魅力を見つけ出したのである。」と述べています。 両者は互いの存在を認め合いつつも、詩風については必ずしも主張が一致していたわけではなく、特に後半生には一定の距離を保っていました。批判的精神の中で相互に自立した世界を持ち合う芸術家同士であれば、二人の距離はむしろ当然の隔たりであったとも言えるでしょう。 このような二人の詩人の心の交流を背景に置き、歌をうたう(詩を書く)ことの苦悩や、歌に託する希望を、合唱曲集として構成したものが《わが詩友》です。 作曲にあたっては、近代詩のもつある種の「折り目正しさ」のようなものを表現したく、日本語の置き方(おもにリズム法)への配慮や、古典的な和声を中心とした音選びなどを意識の中心に据えました。(信長貴富)
信長貴富
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51005007
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楽譜
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男声合唱とピアノのための「赤い鳥小鳥」〜北原白秋童謡詩集〜
[カワイ出版]
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(在庫1冊)
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第1章「小さないのち」〜揺籠のうた〜栗鼠栗鼠小栗鼠〜兎の電報〜 たあんき、ぽうんき〜ちんちん千鳥〜赤い鳥小鳥(9'30"") 第2章「子供の村」〜すかんぼの咲くころ〜アメフリ〜かえろかえろと〜砂山(8'00"") 第3章 「いつか来た道」〜この道〜揺籠のうた(5'50"") ---------- 小田原地区合唱連盟の創立40周年を記念して委嘱された編曲集。小田原で詩作を続けた北原白秋の童謡詩を3つのブロックに分け、それぞれをメドレーで歌うようにアレンジされている。部分取り出したり自由に組み合わせることも可能である。全曲の初演は小田原男声合唱団の定期演奏会で行われた。 グレード:中級 演奏時間=約24分
信長貴富
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51601012
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楽譜
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男声合唱とピアノのための「帆を上げよ、高く」
[カワイ出版]
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(在庫1冊)
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1 翼よ、お前の空を翔ろ (4'15"") 2 春愁のサーカス (6'45"") 3 帆を上げよ、高く (8'00"") ---------- 同志社大学をイメージして書かれたという詩人の三つの詩の内容に合致する音楽を目指すとともに、各曲のスタイルに明確な性格を持たせることを目指して作曲された。 「翼よ、お前の空を翔ろ」は空を翔る鳥の動感や速力を感じさせる曲、「春愁のサーカス」はスケルツォ風な曲の後に壮大なコラール続いている。「帆を上げよ、高く」は古典的な手法による終曲に仕上がっている。 グレード:中〜上級 演奏時間=約19分
<まえがき> この曲集は、同志社グリークラブの110周年という節目の演奏会のために詩・曲ともに書き下ろされたものです。みなづきみのり氏の三つの詩を得て、必然性を感じながら作曲に取り組めたことは大変心強いことでした。作曲にあたっては、詩の内容に合致する音楽を目指すことはもちろん、各曲のスタイルに明確な性格を持たせることを考えました。 「1. 翼よ、お前の空を翔ろ」では、空を翔る鳥の動感や速力を感じさせる楽想を試みました。合唱パート、ピアノパートそれぞれに無窮的な十六分音符の運動が見られます。詩の内容をメロディにのせて伝えるという発想からは距離を置いており、詩の原文と作曲上のテキスト配置はかなり異なっています。 「2. 春愁のサーカス」では、詩に登場するピエロの所作や、サーカスという舞台設定の雰囲気を表すためにスケルツォ風の楽想を主軸に置いています。一方、心情を歌い上げる壮大なコラールも配されており、めまぐるしく場面転換する様子も曲を特徴付けています。 「3. 帆を上げよ、高く」ではパルランド的な独唱による短い序奏のあと、B durによるのびやかな旋律が展開していきます。途中、現代旋法による「荒波」が挿入されたのち、出航の決意が再びB durで力強く歌われます。古典的なイディオムに重きが置かれている楽章です。(信長貴富)
「 これは、数々の音楽人を輩出してきた「同志社グリークラブ」の110周年記念定期演奏会において信長貴富先生に曲にしていただくことを想定して書き下ろしたもの(詩)です。 大学時代とは、知性と感性と体力が充実した個人が真剣にぶつかり合える時代であり、ここで「何に出会うか」ということによって人生を覆う価値観や世界観が形成されてくるのではないでしょうか。大学合唱団の魅力は潜在的にそのような爆発的とも言える強いエネルギーを抱えていることです。 テキストでは「自由」という言葉の強度に対峙して自らを鼓舞する翼のイメージ、音楽と人生の奥底から沸き出る苦悩と憧憬の表出、そして旅立とうとする全ての人への励ましのメッセージを込めてみました。私の稚拙な言葉は信長先生の手によって新たに崇高な生命を与えられ、私たちにたくさんの気づきを与えてくれているようにも思います。「音楽」が喜びや希望を持った力であること、「仲間」が生きている目的を支え、伝えたいという意志を生み出す力であること・・・、そしてさらに、私たちの「未熟さ、稚拙さ、無謀さ」が「いつかはこうなりたい」という夢を育む力であることへの気づきです。 この曲が多くの「若い気持ちを持った男声合唱団」に熱く高らかに歌ってもらえることを願います。 p.s. 「春愁のサーカス」は、すでに20年以上も前に突然の別れとなった師匠への気持ちと私自身の若い日々を何度も書き直しながら言葉にしました。実は、この曲の初演の日、幼い頃に会ったことのある師匠の御孫さんが、まったく思いもかけない偶然から客席に足を運んでおられ、涙ながらに私に会いに来られたのでした。出会いと別れと再会・・・寂しくも月光のような弧高の美意識と、心の武装を解除し手を取り合う喜びとの繰り返しが世界であり、私たちの人生なのでしょうか。(みなづきみのり)
信長貴富
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52411007
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楽譜
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男声合唱とピアノのための組曲 「音楽家の友への五つの詩」
[カワイ出版]
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(在庫1冊)
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��. 楽団のない若い指揮者に音をひとつあげる (3’50”) ��. ピアニストの死 (3’30”) ��. 人形へのセレナーデ (4’30”) ��. ギター弾きへの告別 (3’00”) ��. ながいながい曲の終りにただ一度立ち上がってシンバルを叩いた人に幸あれ (5’00”) ---------- 2024年8月、男声合唱団「甍」による委嘱初演(指揮:清水昭)。 プロレタリア詩人・黒田喜夫(1926-1984)による明るい色調を持つ言葉の中に、シリアスな社会の闇が映された五つの詩(1950年代)。 同じ主題が5曲のなかで言葉を伴っていたり、言葉の渦に呑み込まれたりしながら繰り返し現れる。音楽は終曲に向けて壮大なスケールで描かれていく劇的な組曲である。 グレード:中級 演奏時間:20分 編成:P男4
信長貴富
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51403013
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楽譜
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男声合唱曲「こころよ うたえ」
[カワイ出版]
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(在庫1冊)
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1 こころよ うたえ(3'10"") ---------- 好評の混声合唱「こころよ うたえ」の男声合唱版。もともと福島県の4つの高校のために2011年に作曲されたもので、男声合唱版は2013年に初演された。11連からなる原詩の、最終連のみをテキストとしている。歌うという行為に駆り立てられる衝動のような心の動きが、「だから心よ」という言葉に凝縮されている。無伴奏。男声4部合唱。
信長貴富
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51111016
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楽譜
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男声合唱曲「ラグビイ」
[カワイ出版]
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(在庫1冊)
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ラグビイ(8’00”) ---------- お江戸コラリアーず委嘱により2007年8月「第6回 信長貴富作品展」にて初演。その後、全日本合唱コンクールにて同団により再演。映画のワンシーンをつなぎあわせたような詩を、多声部による綾と時には奇怪なモチーフの反復によって音楽的に表現。聴き手の意識に高揚感や郷愁をもたらそうとしている。シンバルは時を刻むように奏でられる。編成は男声四群(群の構成はテノール+バリトン+バス)、パーカッション(シンバル)。ローマナイズ、英訳付き。 グレード:中〜上級 演奏時間=約8分
信長貴富
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51704023
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楽譜
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男声合唱曲「言葉は」
[カワイ出版]
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(在庫1冊)
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1. 言葉は(4’20”) ---------- オリジナルの混声版は長野県合唱連盟の第50回を記念した合唱祭のために2012年に作曲された。そして男声版は2014年の第51回長野県合唱祭でゲスト参加のお江戸コラリアーずと地元の男声合唱団の合同演奏で初演。2017年の4月に長野と東京の合唱団の合同演奏会のために女声版が新たに作られて初演された。 言葉によって人は様々な感情を表す。歌=言葉であるなら、歌は人間には不可欠な物である。人間への讃歌として愛唱曲として広く歌われる作品である。ピアノ伴奏でも無伴奏でも歌うことができる。 グレード:中級 演奏時間:約4分20秒
<まえがき> この曲は長野県合唱連盟の委嘱により混声合唱曲として作曲、2012年第50回記念長野県合唱祭にて初演されたのが最初です。男声版は合唱団お江戸コラリアーずの委嘱により2014年に長野県合唱祭のゲスト演奏という形で初演、さらに女声版が女声コーラスしなの(長野県)の委嘱により2017年に完成、混・男・女の3編成が出揃うことになりました。振り返ればすべて長野県からの発信となり、長野県合唱連盟の皆さまはじめ、それぞれの初演でお世話になった皆さまに心から感謝申し上げます。このたび3編成同時にピース出版の日を迎えることができ、全国に広がって行くきっかけを得られて嬉しく思っています。 言葉によって考え、行動し、言葉によって絶望したり励まされたり・・・人間という存在は言葉によって作られている、もしくは言葉は人間そのものであると言えるでしょう。歌は言葉である、と私は思っていますので、歌も人間の存在の象徴であり、なくてはならないものだと思います。言葉への、人間への讃歌であり、歌をうたい続けることへの決意をも込めて作曲したのが、この曲です。 なお、混声版と男声版はピアノのない場所でも演奏できるように作曲されています。(ただしピアノ付きの方が演奏効果は高いでしょう。)打ち上げ会場など様々な場面で愛唱される曲になればと願っています。(信長貴富)
信長貴富
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51505006
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楽譜
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男声合唱曲「夕焼け」
[カワイ出版]
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(在庫1冊)
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1 夕焼け (4'20"") ---------- 女声合唱の「空の名前」に収録されている「夕焼け」の男声合唱版。2007年の混声版に続くものである。 夕焼け空のようにゆったりと拡がる歌声に、ピアノから聞こえてくる懐かしい旋律が郷愁を生み、私たちに暖かい風景を与えてくれると共に、戦火を経験した詩人の平和への祈りをも心に刻みつける。 グレード:中級 演奏時間=約4分20秒
<まえがき> この曲はもともと女声合唱曲集《空の名前》全5曲の終曲にあたるものだったが、2008年に混声版が作られ、ピースとして広く歌われるようになった。 混声版編曲の実現には、委嘱団体である合唱団京都エコーの指揮者・浅井敬壹先生が抱き続けていらっしゃる平和への強い祈念が根底にあった。合唱するという行為は、その祈念を共有することができる喜びそのものであると同時に、今もなお祈念し続けなければならない現実への絶望を超えてゆく意志の表明でもある。 さて、このたび新たに男声版が出来上がった。初演は早稲大学高等学院グリークラブの若者たちだった。「祈念し続けなければならない現実」は、依然として重くのしかかる。そのやりきれなさの中で、世代超えて歌を共有することができて嬉しかった。(信長貴富)
信長貴富
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52204013
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楽譜
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男声合唱組曲 「わきめもふらず。ジグザグに。」
[カワイ出版]
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(在庫1冊)
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1. わきめもふらず。ジグザグに。 (4'00"") 2. 夜の機関車 (2'40"") 3. マカハンニャハラミッダ (4'30"") 4. 日常茶飯的 (5'30"") ---------- 2021年12月、小田原男声合唱団(指揮:辻秀幸)による委嘱初演。詩は及川均『焼酎詩集』より。粋で歯切れ良い言葉と口ずさみたくなる旋律が心揺さぶる作品となっている。終曲では、全体のキーワードにもなっている「夜明け」と「杯」を高らかに歌い上げて幕を閉じる。divisionも少なく、難易度も高くないため、男声合唱の新たなレパートリーとして取り上げやすい作品である。全曲ピアノ伴奏付き。 グレード:初?中級 演奏時間:約17分
信長貴富
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51607006
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楽譜
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二群の男声合唱とピアノのための「虹の木」
[カワイ出版]
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(在庫1冊)
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1. 虹の木 (11'20"") ---------- 2012年なにわコラリアーズの委嘱により初演された約11分20秒の単一楽章の合唱曲。 テキストは詩集「詩の樹の下で」に収録されている。 どこかファンタジックで空の始まりを色々な生物の視線で描きあげるテキストに、空の広さを表すような雄大で、時には繊細な音楽が絡み合って展開する。合唱は二群であるが、ユニゾンも多用されるなど、導入部とその再現部を覗き、比較的分かりやすいスタイルとなっている。 グレード:中〜上級 演奏時間:約11分20秒
<まえがき> 「虹の木」は2011年末に出版された長田弘さんの詩集『詩の樹の下で』(みすず書房)に収録されている詩です。『樹』を主題とする長田さんの詩集は上記のほかに『人はかつて樹だった』(みすず書房)があり、この詩人の木への親しみの深さを思い知ることができます。長田さんにとって木は「原初の記憶」を思い出させるものであり、「樹や林、森や山のかさなる風景に囲まれて育った幼少期の記憶」が『詩の樹の下で』のモチーフとなったと述べられています。(カギ括弧内は上記2つの詩集あとがきからの引用。以下同様。) 『詩の樹の下で』の帯紙に「FUKUSHIMA REQUIEM」とあります。この詩集が東日本大震災のあとに出版され、福島県出身である長田さんが「復興」の「祈りにくわわれることばを伝えられるものとなっていれば」という願いを込めてまとめたものだからです。収録されている詩は2006年から2011年のあいだに発表されたものであり、「虹の木」の初出は2010年、つまり震災前に書かれたものですから、この詩を震災とダイレクトに結びつけて読むことはできないでしょう。しかし、「虹の木」の心象には長田さんの幼少期の記憶──福島の深い森、山の稜線、移りゆく空の色──が原風景として映っていることは想像に難くありません。祈りにくわわれることば。祈りにくわわれる場所としての音楽。その場所に少しでも近づきたいというのが、本作の目標でした。 曲は導入部とその再現部を除き、調性を主体とした平易なスタイルを採っています。その根拠として詩の簡明さがあるのは言うまでもありませんが、作曲当時の私の個人的な心境が背景にあったとも言えるかも知れません。作曲に取り掛からなければならない時期に私の父が亡くなり、多忙と疲労の中にあった私の耳が今聞きたい音楽を求めたのではないか。振り返るとそのように思えます。「虹の木」は、人が帰っていき再び出会える場所に立っているような気もしているのです。(信長貴富)
信長貴富
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51612007
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楽譜
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無伴奏男声合唱のための「Credo」
[カワイ出版]
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(在庫1冊)
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1. Credo(6'10"") ---------- お江戸コラリアーずの委嘱作品。2016年11月に開催される全日本合唱コンクール全国大会でも自由曲として歌われる注目の作品。キリスト教の典礼文である「Credo」をテキストとして使用してはいるが、その扱いはどちらかというと神を称えるものではなく、逆の意味合いをも持たせて、現代社会への強い警鐘を込めた作品。 曲は唐突に絶叫から始まり、言葉は無機的に刻まれて反復、単に消費される。やがてその意味合いが音楽とともに変わってくる。立体的な音像を使いつつも、宗教的テキストを用いたオーソドックスな手法もみられる。 グレード:上級 演奏時間:約6分10秒 <まえがき> 極論すれば、近代世界史はキリスト教的価値観による世界支配と非キリスト教社会との軋轢の軌跡と言い換えられる。さらに、現代は欧米中心主義の相対化、価値の多様化による共同体意識の崩壊の潮流にあると言えるだろう。グローバリズムとナショナリズムの対立もこの流れの中にある。日本はキリスト教的支配の圏外にあったにもかかわらず明治以降は欧米文化を急速に吸収し、先進国家の例に漏れず、今、コミュニティ崩壊の途上にある。宗教的共通意識の希薄な日本では、共同体の崩壊は他の先進諸国よりも急激に進んでいるように見える。その「拠り所のなさ」が、逆に一方向の極端な思考に民衆を駆り立てやすい要因になっていると分析する識者もいて、昨今のポピュリズムを見る限りそれを否定する要素を見つけることができない。 拠り所のなさ、漠然とした生きづらさの中にあって、なぜ人は歌うのか、何に向かって歌うのか、という問いの根幹に迫りたいというのが本作の創作動機である。 作曲直後には「異教徒による“Credo”考」というタイトルに一旦は決め、初演に向けての宣伝媒体にはそのように載っていた。しかし「異教徒」という言い方が、もともと宗教一般を信じていない私にはしっくり来ないし、「キリスト教vs他の何らかの宗教」という構図を想起させるのも創作意図から外れると考え、初演メンバーとのディスカッションを経た上で、現タイトルに変更した。 ちなみに「異教徒」という語は石原吉郎(1915〜77)の詩「悪意 〜異教徒の祈りより〜」から採ったものだった。シベリア抑留体験を持つ石原は、入隊以前から熱心なキリスト教徒であり、日本に帰還した後も信仰を維持し続けた。一方、帰還後に発表した詩の中で「主よ あなたは悪意をお持ちです」と神を糾弾している。シベリアの地で人間の尊厳を粉砕された体験を持つ詩人が、それでも神は私に信ぜよと仰せになるのか、と苦悶しているのである。今回の作曲では、“Credo”の語の背景に「信じられない」という倒錯の意を込めたかったので、石原吉郎の詩の一部に想を得ることは悪くない符合であると思えたのであるが、前述の理由から改題することにした。 私自身はもともと神を信じていないが、それでも、人間の善なる力を「信じて」いるし、今日より明日がよりよい日になることを「祈って」いる。これも広義の「信仰」であると言えなくもない。音楽も、未来を信じる行為であると言えるだろう。その意味で、本作はキリスト教への批判や宗教一般の否定をしようとするものではない。 曲は唐突に絶叫から開始する。言葉は無機的に刻まれ、執拗に反復され、あたかも液晶画面上を無感情かつ暴力的に流れる字幕のように「消費」される。現代社会の中で形骸化する言葉の暴走。矛盾。錯乱。しかし拠り所を求める声たちは歌(ただし非西洋的な)を指向し、やがて“Credo”の響きに意味の変容の兆しが現れるが、持続することなく無機的な音の波に打ち消されていく。 モチーフとしては、いくつかの旋法による上昇音型と、その蓄積から成るクラスター、旋法から抽出された和音といったシンプルな要素ばかりである。異なるテクスチュアを持つそれらが交錯することで、現代の心象を多層的に表現しようとしたものである。音選びのシステム自体は保守的なものであり、宗教的テキストを用いたオーソドックスな合唱曲の範疇に入る作品ではないかと思っている。(信長貴富)
信長貴富
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